ブログ 七転び八起き

司法書士試験合格までの9年間を綴ったブログです。

八回目で念願の司法書士試験合格

「嫌われる勇気」でブームとなったアドラー心理学とは

スポンサーリンク

アドラー心理学って?

f:id:naotarobook:20170720201050p:plain

 なぜか、やる気がイマイチ出ない・・・

 

ずっと継続してチャレンジしていることの成果が目に見えて現れない。

もうすぐ成果をださなければいけないのに!

もう、自分にとって限界なのかもしれない・・・

やり遂げようという意欲が全然沸いてこない・・・

 

こんな状況に陥ってしまうことって誰にもありますよね?

 

こんな状況に陥ってしまうと、本当に辛いですよね。

魔女の宅急便で、キキの魔法が効かなくなったような、心理的なスランプです。

 

 

辛くて、自分なりにいろいろ調べてみましたが、ふと、生きられる事への感謝が足りていないのかもしれない、と思い立ちました。

 

戦時中、特攻隊の隊員として出撃し、祖国を想いながら亡くなっていった若者の遺書を改めて読み直したりしました。

 

こんな小さな悩みでクヨクヨするなんて馬鹿げてる・・・! 

 

・・・結果、号泣して終わりました。

夜中に、ひとりで心が震えました。

 

明日を今日と同じように迎えられる。

そのことに深く感謝し、いまのままで十分幸せなのだと、再認識できたのは、すごく有り難いことでした。

 

当初の目的より多少、脱線してしまいましたね(汗)

 

以前より、燃え尽き症候群というワードが気になったり、人間の心理学がとても気になっていたわたしは、アドラー心理学に辿りついたのでした。

  

 

 なぜ、やる気がなくなってしまうのか

 

アドラー心理学

アドラー心理学(アドラーしんりがく)は、アルフレッド・アドラー(Alfred Adler)が創始し、後継者たちが発展させてきた心理学の体系である。

 

アドラーが自分の心理学について個人心理学と呼んだように、アドラー心理学では、個人をそれ以上分割できない存在であると考えることから、人間の生を、個人という全体が個人の必要な機能等を使って目的に向かって行動している、というふうに考えている。より具体的には、人間は相対的にマイナスの状態(劣等感を覚える位置)から、相対的にプラスの状態(優越感を覚える位置)を目指して行動している、と考えている。

引用サイト 『ウィキペディア』

 

アドラー心理学についての書籍を読んだところ、難しいし、手厳しいな、というのが第一印象でした

 

その人がどのような行動を起こすかは、つまるところ本人の意思であるという風にわたしは解釈しました。

 

 

たしかにそうなんです。

わたしは、やる気を喪失した。

 

そしてチャレンジを辞めたくなっていた。

 

 

じゃあ、それは何故かというと、アドラーいわく「他人と比較しているから」だそうです。

 

 

本来、人間は優れたものになりたいという欲求を恒常的にもっていて、比較の対象が「過去の自分」であれば、それは健康的な欲求なのだということです。

 

 

つまり、「ライバルは昨日のわたし」であり「隣の席のアイツ」ではないということなんですね。

 

よく自分も言われるのですが、「自分が思うほど、周りは期待してないよ」ということなんです。 

 

 

別に成果がでなくても、周りの目を気にすることはないよ、ということなのです。

 

 

なんだ、結局自分で自分の気持ちをくじいていたんだ。

 

 

でも、なぜいつも、このモヤモヤした感覚(自分の感情がなぜそうなったかを理解できない感覚)を抱えてるのか、知りたくなりました。

 

 

 

 

必要以上に人の目を意識してしまうのはなぜ? 

 

その理由は、子どものころ甘やかされて育ったのに加え、賞罰教育を受けたからだと書いてありました。

 

賞罰教育とはできれば褒めて、できなければ罰する教育のことです。

 

うん。たしかに。

うちの親、テストの点数が良かったときだけ関心をもってたよな。

兄弟でケンカしたら、オシリぶたれてたもんな(笑)

 

でも日本のしつけってそんな感じじゃないの?

  

子どもの頃に染みついた感覚は、なかなか大人になっても抜けない。

必要以上に人目を意識してしまうから、大人になっても、何か、生きづらさを感じてしまう。

 

頭で理解していても、その思考グセはなかなか直らないから、苦労してしまうのだと思う。

 

 

あ、そのへんの対処方法については、他にも専門的な本を見つけましたので、また後日ご紹介します。

 

 

 

 

アドラー心理学って仏教に似ている? 

f:id:naotarobook:20170720211611p:plain

 

共同体感覚が発達している人は、自分の利益のためだけに行動するのではなく、自分の行動がより大きな共同体のためにもなるように行動する。なぜなら、人間は社会という網の目の中に組み込まれている(Social embeddedness)からである。それに対して、共同体感覚が未熟な人は、自分の行動の結末や影響を予測することをやめて、自分の利益だけしか目に入らないようにする。仮に、極端に自分の利益のことだけにしか関心がない人がいるとしたら、その人は自分の利益になる場合にだけ、他人と協力する/他人を利用しようとするだろうと想像される。そうすると、他人が自分を必要とする場合というのは、他人がその人自身の利益になる場合にだけということになり、安心して所属することが難しくなるだろう。このようにして、共同体感覚の未熟な人は、所属に問題を抱えやすく、不幸な人生を送ることになりやすいことになる。

 

引用サイト『ウィキペディア』

 

 

この共同体感覚って、仏教の利他の心とか、ワンネスに近いのかなって思います。

 

自分が、社会に貢献していることに、意義を感じるという感覚ですよね。

 

「ありのままの自分」が社会の役に立てているという、肯定感を持つことができればわたしのように「やる気がでな~い」と悩むことも少なくなるのでは、と考えられます。

 

 つまり、

①昨日の自分より、今日の自分が成長していると実感すること

 

②人のために、貢献できることに喜びを感じること

 

 

 

この点を意識できれば、継続したモチベーションを保ちやすくなるのではないでしょうか?

 

 

やっぱりアドラー心理学って難しいな、と思いました。